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カラーセラピスト、ハーブインストラクター、薬剤師、アレルギーっ子まま・・・日々外側の世界をぶつぶつ語ります(笑)
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虐待への想い。(重いです。)
2010年03月06日 (土) | 編集 |
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重いテーマです。

「虐待」

今、こうして文字を打つだけで気持ちが揺れます

もう、ここ何年も、この文字が新聞を賑わしていますね。
果たして何人の人が、この事について真剣に考え、考えたことを実際に実行に移しているのでしょうか。

私は、「虐待なんて酷い」と言いつつ、何もしない人達も同罪だと思う。

そして、私自身もそれに含まれていると思う。


色々なことを思い浮かべる中、ひとつ思い出した事があります。・・・私が、その経験をしてたのは幼稚園の確か・・・多分・・・・年長さん辺りから小学校一年生の頃だったと思う。

当時、私は、祖父の持ち物である長屋に住んでいました。お隣のお宅は、お子さんのいらっしゃらないご夫婦が住んでみえてシャム猫を何匹か飼っている方達でした。

子供が大好きなおじちゃん(「おじちゃん」と呼んでいたんですよね。私。)は猫を可愛がりつつも
私の事も可愛がってくれていました。

時には公園に連れていってくれたし、しょっちゅうお隣さんへ遊びに行ってたような気がする。

ハチの巣が玄関先にできたときは、ハチの巣をとって、蜂の子を食べさせてもくれました
小川へ行ってオタマジャクシを捕まえたり、梅雨時にはアジサイに沢山群がる(?)アマガエルの捕まえ方を教えてもらったり・・・・

外遊びを全くしなかった父の代わりをしてくれていました。

ある日、公園へ遊びに行った私とおじちゃん。富士山(富士山の形の滑り台ね!)で遊んでいたら
同学年位の子達がやってきて、おじちゃんは、その子達の相手もし始めました。

その時のことは今でも「今」のような感覚で記憶がありますが・・・・

私、おじちゃんを他の子に取られるような気がして凄いジェラシーだったのね。
でも、それを素直に表現することができなくて、「もういい!帰る!」と。誰とも遊べず・・・

そして、当然のように母には怒られました。

愛情不足だった私は、愛に飢えていた。
私にほんの少しでも注がれているかもしれないと思う愛に対して貪欲だっただろうし、それを奪われるのは
死活問題くらいな勢いだったと思う。


今、思い返せば、チック症状もあった。瞬きを止めたくても止めれなくて・・・
首をかしげるような仕草や、爪を噛むこと。足の爪も噛んでた。


欲しくて欲しくて・・・たまらなかった愛。


いっぱいのサインを私は出していたんだな・・・と大人になった今気付いたのです。

そして、そのサインを気付くことのできなかった母。


ある日・・・・衝撃的なシーンを私は見ました。

私は・・・それを見て、殴られたりしてた時とは比べ物にならない泣き方をした記憶があります。
悲鳴とも・・・・言えるかもしれない。

その時、隣のおじちゃんが玄関をガンガン叩いて「きみちゃん!どうしたんだ!!!!」と大声で叫んでくれたのです。
それでようやく、母はある行為をやめたのです。

私は「あんたのせいで・・・・・!!!。もう生きてたくないのに!」と泣きながら言われたのです。

私がいるからいけないんだと、そこで強く思った。


今、思えば、昔の長屋。私が殴られて泣いていたのをおじちゃんは知っていたんだね。
そっと見守ってくれていたんだなって、いまさら気付いた。

あの日、私の様子がいつもと違ったから助けにきてくれたんだね。
だって、あんな風に玄関叩いてくるなんてこと、それ以外1度もなかったもの。



私は、食べることはさせてもらえたし、今事件として起きているようなことほどの酷い仕打ちは受けてません。
だから生きていられるし、おじちゃんのような存在が私を助けてくれてたと思う。
祖父母もとても可愛がってくれていたから学校にも行かせて貰えた。

色んな人の協力があって私は生かされている。



最近の事件では餓死した子がいましたね。
身動きとれず、横になったまま、実の母と妹の様子をどんな瞳でみていたのだろう。

動けない体で何を感じ、欲し、悲しみ・・・・・耐えていたのだろう。


色んな意味で涙が止まらない。


幼少の頃の自分を想うと涙があふれます。

こうしてキーを打ちながら止まらない涙を見ると、まだ流しきれない感情がハートの中にあるんだと
気付いた。

虐待を受けているであろう子の事を想うと、涙が出る。

私に何ができるのか。

私は私自身のために、そして犠牲となる子のために、そして、本来であれば愛を注ぎたくても上手く注げない虐待をしてしまう親のために・・・・

何ができるのか。

ブログを書きながらまだまだ、「自己愛」「自己受容」「愛」のテーマを学び続けなきゃいけなさそうだなと思ったのでした。
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